山羊、飴玉、そらまめ、金魚

ごくごく個人的な事情

優勝賞品はお米20kg

 仕事が何も無い週末を、久しぶりに迎えた。
 せっかくの休日だ。特に予定はないのだが、最近自炊を始めたばかりで、休みのうちにその材料を調達しておきたい。だが、近所のスーパーは品揃えが良くない。思い切って、郊外にある大型ショッピングモールまで、足を延ばすことにした。

 

 駐車場に車を停め、今夜のメニューは何にするか、と考えながら店内へと続く通路をぶらぶらと歩いていた。ふと、耳に喧噪が触れる。どうやら、店の外壁に沿って設置された屋外ステージから聞こえてくる音らしい。
 何のイベントだ、と何気なくそちらの方向へ足を向ける。目的地は生鮮食品売り場から屋外ステージへと変わったのだが、頭の中は未だ、献立でいっぱいである。

「昨日のテレビで見た白和え、美味しそうだったよな。市販の素を使うんじゃなくて、豆腐を買って挑戦してみるか。」

 

 自炊初心者である彼の考える献立が、二十代にしてはいささか渋いのは、彼が料理を始めるきっかけとして、祖母の影響がかなり大きかったからだ。
 共働き家庭で育った彼は、大学に進学して地元を離れるまで、自宅から徒歩三分の祖母の家で、毎晩のように夕食を食べていた。それだけでなく、学校が休みで暇な日には、祖母と一緒にテレビを見たり、カラオケ教室に通ったり、と根っからのおばあちゃんっこだったのである。
 だからこそ、去年の暮れに祖母が亡くなったときには、絶大な喪失感を覚えた。それからである。彼が自炊を始めて、祖母の味を再現しようと取り組むようになったのは。


 現に今も、彼の口の中には、かつて祖母が作ってくれた白和えの味が広がっている。

 彼の口から思わずよだれが一筋零れ落ちそうになったその時、目に飛び込んできたのは、ステージ上でヨーヨーをする、祖母の姿だった。

 え、と一瞬うろたえるが、「いやいや、おばあちゃんがこんなところにいるわけがない。そもそも、おばあちゃんはもう…。」と思い直し、改めてよーく目を凝らす。 背格好はよく似ているが、祖母よりも少し大柄な年配の女性だった。
 それよりもなんだ、この催しは。垂れ幕には『第6回 ○○市民  大"ヨーヨー"大会』と書かれている。

 彼が戸惑いながらそこまでの情報を得たとき、年配女性は舞台を降り、入れ替わりに彼と同年代であろう眼鏡の男性が上がってきた。男性が歩いて来た方向を見ると、大会の参加者であろう人々が為した行列が見える。小学生からお年寄りまで、それこそ老若男女問わず、二十人ほどが並んでいる。


 俄然、興味が湧いてきた。小学生の頃、ヨーヨーの小学校チャンピオンにもなった過去を隠し持つ彼だ。こんなイベントを目にして、参加しないわけにはいかない。いそいそと受付に行き、参加費を支払い、大会指定のヨーヨーを受け取り、先ほどの列の一員となる。

 

 列に並び、自分の順番を待っていると、ふと祖母との思い出がよみがえってきた。
 小学校でのヨーヨー大会の前、好きな女の子に良いところを見せたくて、必ず優勝する、とみんなの前で大見栄を切って言ってしまった。別にヨーヨーが得意なわけでもないのに。
 いつもの食事の後、必死でヨーヨーの練習をする彼を見ていた祖母は次の日、自分用にヨーヨーを買ってきた。彼と一緒に練習するためである。
 祖母はなかなか器用な人で、あっという間に彼よりも上手くなってしまった。彼はそれが悔しくて悔しくて、一生懸命に練習し大会で優勝することができた。結局、最後まで祖母には勝てなかったんだけれども。

 

 「そう、優勝した日には夕食のおかずにちょうど白和えが出てたっけな。せっかく頑張ったんだから、もっと豪華なおかずが良かった、って言っておばあちゃんを怒らせちゃったよな…。」

 そこまで思い起こしたとき、彼に声がかけられた。


 「お客さん、次はお客さんの番ですよ。」
 いつの間にか列は進み、彼の順番が回ってきていたらしい。

 よし、気合を入れていこう。そうだ、僕より上手だった祖母が出てきてくれれば、絶対に勝てるのではないだろうか。一緒に出ようよ、おばあちゃん。
 彼はそう思い当たり、心の中でこう叫んでから、舞台に上がった。

 

 「行くよ!おばあちゃん!」